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生の映画音楽と指揮

最近はドイツやオーストリアなどで当時のショスタコーヴィッチの映画音楽などをスクリーン付の生のコンサート形式で上演することが多い。そのための専門のフランク・ストローベル(1966年 ?)などの指揮者が存在し、映像を見ながらそれと合わせる指揮のテクニックはオペラなどの声に合わせるテクニックとはかなり別のものである。ドイツでは更にベルリンの近くのバーベルスベルグに東ドイツ時代からの映画専門のオーケストラが存在する。

しかしながら一般に映画音楽のオーケストラを指揮して録音する場合は、専門の指揮者に頼らないでジョン・ウィリアムズらのように作曲者自らが当たるのが普通である。まず曲を書いた本人が一番わかっていることの他に、指揮者のギャラを節約して少しでも無駄な制作費の予算を使わないためでもある。従って映画音楽の作曲家は「キーボードの即興技術」のほかに「映画音楽の指揮」という特殊な能力が要求される。
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映画「ゴジラ」の音楽などで知られる作曲家の伊福部昭は、デビュー映画「銀嶺の果て」において、楽しい場面に悲しい音楽をつけて監督の谷口千吉と対立したことが知られている。映画の一部分だけでなく全体を見渡して音楽的表現を考えての決断であり、最終的には伊福部のアイデアがそのまま取り入れられた。

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2009年09月21日 00:57に投稿されたエントリーのページです。

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